「皇帝カール五世とその時代」
瀬原 義生 著
文理閣
2013年の皇帝陛下評伝ラッシュを飾った本書。
珍しくドイツ寄りの内容となっています。以下、アマゾンレビュー転載。
本書は、カール五世皇帝治世下の神聖ローマ帝国(ドイツ、オーストリア、スイスなど)における宗教改革の動きを中心に取扱っている。
「皇帝カール五世とその時代」というタイトルを掲げてはいるものの、皇帝の生涯に関する記述は概要程度に留まり、ほとんどはルターから始まる宗教改革の動き、ドイツ農民戦争の顛末、再洗礼派の活動、新教派諸侯の動向等にページが割かれている。
そのような中、皇帝に関する記述で興味深いのは、1521年のヴォルムス帝国議会で召喚されたルターと皇帝との「対決」や、新教派の中心人物であるヘッセン方伯フィリップが画策したルターとツヴィングリのマールブルク宗教論争から、皇帝に対抗するシュマルカルデン同盟結成に至るまでの流れである。
皇帝は、そのシュマルカルデン同盟に戦で勝利して政治的には新教派の目論見を打ち崩したものの、個々人の信仰の自由までは抑え込むことが出来ず、やがてアウグスブルクの宗教和議において新教の信仰を認めるという妥協を余儀なくさせられることとなった。
皇帝に関しては、何かとスペイン寄りの評伝が多い中、ドイツ国内の情勢がよく分かる好著である。
「鷲皇帝、カルロス五世」
有吉 俊二 著
近代文藝社
神聖ローマ帝国皇帝カール5世の評伝である本書は、
著者が語るとおり、まさしく「大河ドラマ風」の歴史小説のようである。
スペイン研究者である著者は、スペイン語の「歴史(ヒストリア)」は「物語」の意味も持つことから、物語風のスタイルをとったと説明しているが、これまで皇帝について書かれた評伝にはない、新鮮な感覚だった。
皇帝と主要人物との会話のやり取りで特に印象的だったのは、
弟(オーストリア大公フェルディナント)と妹(ネーデルラント総督マリア)とのものである。
領内に課題が発生する度に連携を取り合い、対応策を検討している姿を見ていると、
“ハプスブルク家の帝国”とは、まさにこれら兄弟(と、その子供達)による
「偉大なる家族経営」であったことを再認識させられる。
無論、この時代に限らず、ハプスブルク家の家族経営主義は代々の伝統なのだが。
また、本書では皇帝の生涯が四季に準えて語られている。
即ち、誕生~14歳までを「フランドルの春」の章とし、
1515年に15歳でブルゴーニュ公に即位して君主としての人生を歩み始めてから、
1558年に皇帝を譲位した後に隠遁先で亡くなるまでを「カルロスの春・夏・秋・冬」
として構成しているのだが、この表現は彼の人生を表すのに非常に適していると思う。
青年期にイタリア戦争で覇権を確立し、
欧州の最高権力者としてローマ教皇からの戴冠を実現したものの、
その後は帝国内の新教派の動きを封じ込めることが出来ず、
カトリック以外の信仰を認める妥協を強いられた末に譲位することになるのである。
500年前の今日、陛下は14歳の誕生日を迎えました。
翌年にブルゴーニュ公即位を控えた、無邪気な少年時代の最後の年。
いよいよ活躍の時期が近付いてきています。
実に久しぶりの更新となる今回は、
陛下に出会う「啓示の書」となった本の紹介です。
(以下、アマゾンのカスタマーレビュー投稿を掲載)
「カール五世 ハプスブルク栄光の日々」
江村 洋 著
河出文庫
本書は、神聖ローマ皇帝カール5世を知るための本としては最高峰のものである。
皇帝は16世前半の欧州の最高権力者として君臨した人物であるが、日本での知名度は低い。にもかかわらず、2013年に3冊もの関連本が相次いで刊行された(既刊は10冊に満たないから、これは驚くべきことである!)。そのうちの1冊である本書は、実は1992年に刊行された「カール五世 中世ヨーロッパ最後の栄光」(東京書籍)の文庫化である。
この本がなぜ最高峰なのか?それには大きく3つの理由が挙げられる。
一つ目は、複数の国家に跨る彼の複雑な歴史をバランスよく織り交ぜていること。「日の沈まぬ帝国」と呼ばれた彼の支配地域の出来事は複雑で多岐にわたるが、著者はポイントを絞り、読み手に無用な混乱を与えない。
二つ目は、平明な語り口の中に風格のある文章表現が使われていること。本書の元本は、当時高校生だった自分にも非常に読みやすい内容だったのを憶えているが、今こうして読み返してみると、品格のある言い回しや慣用句が随所に散りばめられていたことを再発見できるのである。
そして三つ目は、彼に対する「愛」の大きさを感じること。彼の功績は栄光に満ちたものばかりではないが、本書において彼は徹底的に良き君主に描かれ擁護されている。これは、対象人物に対する並々ならぬ愛ゆえのことであろう。
約20年前、元本に出会ったことで皇帝の足跡を辿る私の旅は始まった。今ふたたび文庫本として世に出ることで、多くの人々が手に取り、彼に興味を持ってくれることを願う。なお、本書の前編ともいうべき「中世最後の騎士 皇帝マクシミリアン一世伝」(中央公論社)の文庫化も熱望したい!!
「鉄腕ゲッツ行状記~ある盗賊騎士の回想録~」
ゲッツ・フォン・ベルリヒンゲン著/藤川芳朗訳
白水社
中世末期ドイツに現れた風雲児…いや、問題児?
名高き「鉄腕ゲッツ」本人による武勇伝です!
文豪ゲーテが処女作として世に送り出した、
戯曲「鉄の手のゲッツ・フォン・ベルリヒンゲン」。
主人公ゲッツは、皇帝権力に抗い、
民衆のリーダーとして農民戦争に立ち上がり、
やがて失意の最後を迎える…。
勇ましい英雄物語はたちまち人気を博し、
無名だったゲーテを一躍有名にしたそうです。
ところが!
ゲーテも手にしたであろう本書を読んでびっくり。
言いがかりとしか思えない決闘行為に明け暮れ、
相手からの賠償金獲得に精を出す毎日。
正義のため農民戦争に立ち上がったのではなく、
単に担がれただけの被害者だ、とひたすら弁明。
しかも、その弁明も真実かどうかは疑わしく、
混乱に乗じて利益を獲得したかっただけ?
「英雄」という言葉とは程遠い、
「鉄腕ゲッツ」の姿を目の当たりにします。
しかし、その暴れん坊ぶりが幸い?してか、
16世紀当時もそれなりの有名人だったようで、
歴史に名を残す同時代人たちと
しばしば邂逅する場面が出てきます。
ゲッツ本人の生き生きとした語り口のこの自伝、
部隊は神聖ローマ帝国内に限定されますが、
カルロス皇帝時代のキーマンたちの活動を知る、
第一級の一次史料です!
朝日選書521「ハプスブルク家と芸術家たち」
ヒュー・トレヴァー=ローパー著/横山徳爾訳
朝日新聞社
本書のようなタイトルの場合、ベラスケスに代表されるようなカルロス皇帝よりもっと後の時代のことや、19世紀のオーストリアのことについて書かれることが多いのですが、原著のタイトルに「王侯貴族と芸術家ーハプスブルク家の4つの宮廷における芸術保護と宗教的信条、1517〜1633」とあるように、珍しくカルロス皇帝の時代が取り上げられていること、単に宮廷画家との関係だけでなく宗教的信条を取り上げていることが特徴的です。
カルロス皇帝について書かれた第1章では、彼が「見いだした」3人の芸術家として詩人アリオスト、画家ティツィアーノ、彫刻家レオーニの名が挙げられていますが、それよりも興味深いのは「宗教的信条」について書かれた部分で、カルロス皇帝の治世はエラスムス思想を中心としたキリスト教的人文主義による(キリスト教)世界の改革と統一にあった、というのです。