「皇帝カルロスの悲劇 ハプスブルク帝国の継承」
藤田一成 著
平凡社
先祖代々受け継がれて来た「結婚政策」の成功によって16世紀に広大な領土を得たハプスブルク家。ヨーロッパ中を駆け巡った、ときの当主カルロス皇帝は治世の晩年、全ての権力を親族に託し、侘しい寒村に建つ修道院で隠遁生活に入ります。
本書はその生活中に交わされた数々の書簡を分析し、皇帝が亡くなるまでの約3年間をまとめあげた好著です。家族の心配事に心を痛め、生活費の工面に頭を抱え、家臣との軋轢にいら立ち、日々の食事にこだわる等、ルネサンス時代最高の権力者の「人間臭い」姿を身近に感じとることができるのがとても素晴らしい。そんな日々の姿をたどりながら、なぜ強大な君主の座を降りたのか?なぜ辺境の修道院が最期の場所と定められたのか?に迫ります。
ところで、彼は生来の暴飲暴食癖と無類のビール好きがたたり、痛風の悪化によりこの世を去りましたが…タイトルの「悲劇」とは実はこのことかも?
本の表紙にも使われている、有名な1548年のティツィアーノ作「ミュールベルクのカルロス5世」(本ブログ、宗教戦争編年表の口絵にも使用)は、戦いの勝利を描いた肖像画であるにも拘らず、カルロスの顔はどこか憂いの表情を浮かべています。
彼が権力の譲位と世俗からの引退を強く意識し始めたのは、丁度この頃、ドイツ国内でプロテスタント派諸侯との戦争に明け暮れていた時期だと言われています。カトリック教会の守護者、世俗の第一人者である「皇帝」のもとにキリスト教世界を一つにまとめ上げようと奔走した彼。しかし、その苦労は結局「徒労」に終わることとなり、彼の「理想」はもはや「幻想」でしかない、という厳しい現実が突きつけられた頃でもありました。
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